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『推し』と対面するのがこわい

頑張る姿に元気を貰い、応援してきた日々を振り返るだけで笑顔になれる。生まれてきてくれたことへの無限大の感謝と、これからの幸せを心から願う人物。

世間一般で言うところの「推し」と対面する権利を、私は得た。

声優オタクの一大イベント『お渡し会的なもの』である。

 

しかしタイトルの通り、現状私はその奇跡のようなチャンスを素直に喜べないでいる。

この一文だけ見ると「嫌ならその権利譲ってください!!!」と怒られてしまいそうだが、なけなしの勇気で掴んだこの千載一遇の幸運に、喜びを感じていないわけがない。

それでも、その喜びを上回る"何か"に、心が負けてしまいそうなのだ。

 

大好きな人との対面を終えたとき自分の心に強く渦巻くものが負の感情だなんて、そんな悲しくて悔しいことがあるだろうか。

いや、あってはならない。

なぜなら!

私の大好きな人は、いつだって全力で「HAPPY」を届けてくれるからだ!!!!!

 

だから私は苦肉の策として、積年の恨み辛みや不安を、ここに書いて手放していくことにした。

そうして自分の中に辛うじて残るであろう僅かなハッピーだけを手荷物にして、来たる日へ向かいたいと思ったからだ。

 

■これまでの経緯を振り返る

前述の"喜べない理由"である苦手意識を抱くようになったきっかけも、側から見れば些細なことなんだと思う。

そもそも私は、こういった接近イベントに参加したことがない。「推し」の1stミニアルバムからリアルタイムで購入してはいるが、当時は闇の職場で働いていたため土日休みが取れなかった。

冠婚葬祭ですら渋い顔されたり、「嘘ついて遊びに行くんじゃないの?」なんて陰でヒソヒソ言われたりする環境で、下っ端の私は物言わず諦める他なかったのだ。

それでもイベントのある日は感想を検索して自分のことのようにドキドキしたり、いつか自分にもその日が訪れると信じて想いを膨らませていた。

 

そこから地道に職場での地位を上げ、半年に一度くらいなら土日休みを希望しても怒られないかな…?という希望が見出せた頃、私は一大決心をした。 

当時大ファンであった寺島拓篤さんの写真集「19831220」の発売記念イベントに、意を決して応募をしたのだ。

事前に周囲と休み希望が被らないかチェックし、数ヶ月前から平日ですら希望休を自粛し、まさに入魂の応募だった。

 

しかし応募から数日後、当時の闇の店長は、私にその日出勤するようにと告げた。

  

期待に胸踊る日々から一変、絶望の訪れである。

もし当選したとしても行くことができない。当選してしまったらどうしよう。色んなこと我慢して、やっとの思いで応募したのに。不安と悔しさで毎日メソメソしたことを覚えている。

 

結局まあ普通に外れたので杞憂であったわけだが、この一件でなんかが弾けてしまった私は、『お渡し会=自分には縁がないもの』という認識とともに強烈なトラウマを自分に植え付けてしまい、これ以降レポや感想を検索することもなくなった。

 

当時の私は『趣味を大切にしてもいい』ということを知らなくて、仕事より趣味を優先するのは不真面目で悪いことだと思い込んでいたところがあって。その後ろめたさを振り切っての決起が失敗に終わってしまったから、余計に心が折れてしまったのだと思う。

今はもう、どっちも大切だし、どっちかに寄り過ぎるのもよくないって思えるようになったんだけどね!

 

そんなこんなで私怨により接近イベントとの間に深すぎる溝が完成したわけだが、それは後に私が闇の仕事を辞め、土日休みを希望できる環境になっても埋まることはなかった。

 

なぜなら、接近イベントに参加できない理由を「仕事が休めないから」ではなく無理やり別のことにこじつけて心の平穏を保っていたところ、そのこじつけの理由がどんどん自分の中で大きなものになってしまい、本当の「参加できない理由」になってしまったからだ。

  

"見てくれが良くないから見られたくないな。それにどうせうまく喋れないしな。うんうん、自信もないし、今の自分には推しに会いに行く資格ないわ〜〜!"

そう言い聞かせてせかせか何年も働いて応募を諦めていたら、その積年の刷り込みにより、本当に行けなくなってしまったというわけだ。

自分の首を締めるとはこういうこと!!!!!

 

 

実はトラウマ発生以降に一度だけ、去年、転職した自分へのご褒美に「推し」のリリイベに応募してみたことがある。でもそれは倍率が高すぎるとわかっていたから応募できたというか、落選したときに心底ホッとしてしまった。


今回のイベント発表時も奇跡的にリアルタイムで情報を知ることが出来たが、先着順とわかっていながら1時間以上悩んで、いっそ売り切れてくれ…とも思ってしまった。悩んでるうちにウジウジしてる自分に腹が立って勢いで購入はできたが、根本の苦手意識は残ったままだ。

 

だってさ…!?

こんなヘンテコな人間が、好きな人の視界に「ドモ…」「ちゎ…」とか言って入り込んでしまうの、ヤバくない!?!?!

 

ライブやイベント中にトロッコとか花道の最前で目が合うレベルでギリ!!!!若干アウト寄りのセーフ!!!!!!

つまり数秒以上の対面… めちゃくちゃアウト!!!!!

自分に精神ダメージ500000000000!!!!!!!!

 

 心に癒えない傷を負う確定未来が…見える!!!

 

私は普段、実際にカバー出来ているかどうかはともかく気の持ち方として、『好きな服を着る』という手段で自信のなさを誤魔化している。でもでもでも!!!!無理無理無理!!!!!!のぶの目の前に立っても大丈夫な自信なんて、たとえウン百万する服を着たって湧かないわ!!!!というかどんなに着飾ったって、なんかもう人生の厚み的なものや性格が人相から滲み出そうで駄目だわ

あっ 明記していなかったけど「推し」 というか私が応援している人は岡本信彦さんです!

 

更に私は、圧倒的に涙腺が弱い。

日々の生活の悲しいとか辛いとかでは特段泣くことはないが、嬉しいや幸せのあったかい感情が爆発したとき、兎に角ものすごいことになってしまうのだ。出来れば避けたいが、私はきっと、のぶを目の前にしたとき、いや…イベント開始あたりから、今までの応援してきた幸せな日々を思い出して大爆発してしまう。

そんな状態では、恐らく自分の番が来てもゼェゼェと苦しみながら醜態を晒すだけで一言も喋れない。怪しすぎるし、キツすぎる。そして二次災害としてもれなくデッケェ岩石ように目が腫れ上がり、見た者を不幸にする妖怪と化すのだ。


妖怪の姿ではなく、せめて人間として会いたいーーー・・・

 

畳み掛けるように自分の悪点を突いていくが、それはもちろん視覚的な問題だけではない。

私がTwitterやブログを好んで使用しているのは、自分の気持ちにより近い言葉を、時間をかけて選ぶことができるからだ。

対面形式、ましてや限られた数秒間なんて、まさにそれに対極するもの。これまでの感謝を伝えて少しでも相手に恩返しができればと思うのに、うまく喋れず、自己嫌悪地獄に陥ることはわかりきっている。

 

こんな自分で好きな人の目の前に立ったら、落ち込んでしまう。

書いてるだけで既にだいぶ落ち込んできたが、このままでは何も変わらない。もう少し踏ん張って、『なぜ落ち込むのか?』という部分を掘り下げて考えていくことにする。

 

どんなに自信がなくたって、間近で大好きな人を見られること自体は嬉しいに決まっている。たとえ自分に何の取り柄がなくても、当選という権利さえあれば見ることは叶うのだから。

なのに、なぜその『嬉しい』だけで終われないのか。

 

 

きっと私は、のぶにお返しがしたいのだ。

先述のようなアウト寄りのセーフであるライブ中のシーンであれば、自分は「与えられる」だけの立場であるため、気負うことなく楽しめるのだろう。

しかし一対一となると、相手の貴重な時間を自分一人に使うのだから、「与えられる」だけではダメだという気持ちが湧いてしまう。

おこがましくも、自分の言動により相手にほんの小さな喜びでもいいから「与える」ことが出来れば…という欲や希望が生まれてしまう。

だから、それを達成できないことが不安で、ボロボロの結果になることを強く恐れているんだと思う。

 

 

そうか。

この記事を書くことにしたとき、こんなん書いて本当に意味あるのか…?と半信半疑でいたが、私にとっては意味があったと思う。

『推しに会うのがこわい』と感じる理由を整理していく中で、それが腑に落ちたとともに、ちぐはぐなことに気がついたからだ。

 

何の取り柄もないと自身で豪語しているのに、心の奥底では、たったの数秒間で気の利いた恩返しを達成するべきだと思っている。

 

相手に喜んでほしいと思うこと、そしてその想いに向けて努めること。これらはとても尊いものだと思う。

しかしそれを、自分に「出来なきゃいけない」なんて思うのは違う。

 

そんなのは向上心でもなんでもなく、明らかに自力を見誤りすぎている。エゴに近い我儘だ。

互いを熟知した仲の友人ならともかく私は一体誰に対してそんな差し出がましいことを考えていたのか。達成できなかったら落ち込もうとしているのも、もはや一周回って傲慢なレベルだ。

 

つまり私は、自分は何も出来ないと知っているのに、「自分は何も出来ない」ということを受け入れていなかった。

そう、ただのアホだったのだ。

 

 

うそでしょ!?!

こんなアホなことで何年間もリリイベに応募すらしなかったの〜〜〜〜!?!?!?腹立つな!キレそう

 

ファンなんてさ、もらってばかりなんだよね!

勝手に"役"の向こう側を好きになって、そんでその人の頑張りや活躍を勝手に心の支えにしたりして、その人に付いていくことが嬉しくて幸せだから、出来る範囲で応援させてもらって。

なんとかしてお返しできないかと声援を送りにイベントやライブに繰り出すけど、結局もっとドデカい幸福を貰って帰ってきてしまう。

 

だから今回も、応援の言葉でなんとかお返しするぞ!と意気込んでまた返り討ちにされるだろうけど、ファンは「推し」に敵わなくて当然なんだ。

 

そんなのいつもいつも思ってることなのに、なんでか接近イベントだけは気負ってしまった。

オタクの慢心、勘違い!!!!!

ファンになれて良かったと心から思える大好きな人に、直接感謝を伝えられる喜びをもっともっと噛み締めて幸せいっぱいで挑みたいな。って、ようやく今ここで初めて思えたよ。

 

きっとうまく喋れないし、ああすれば良かったな、もっと良い言葉あったな、なんて後からぐるぐる思っちゃうだろうけど!でもそれは冒頭に書いた悲しみとは違って、前向きな反省にできるはず。

 

人様に迷惑掛けずに自分の力で推しの目の前まで歩いて行ければ、それだけで及第点としようじゃないか!

なんにも取り柄はないけど、大好きな気持ちと、応援してきた最高の日々だけは確かにここにある!それをちゃんと言葉にできたらいいね。無理か!?

 

えへへやっと4月29日が恐怖ではなく楽しみになってきた。

緊張はしぬほどするけど!!!イメトレだけで涙出るし吐きそうになるけど!!!

オタクのみんな…!がんばろうね〜〜!!!!